寿司図鑑 703貫目
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島根県松江市『井津茂』の「蒸し寿し」

むしずし / シラウオ & マアナゴ & マダイ & ズワイガニ
島根県松江市『井津茂』の「蒸し寿し」
上蒸し寿し
郷土ずし Kyoudozushi

【蒸して温めたすし】というのがある。
 これは「すし」の一種類として独立したものなのだろうか?
 京都では「蒸しずし」、大阪では「ぬくずし」なんていって、この二都(大阪にも都にちかいものがあったので)が発祥だという。
 でも【蒸して温めたすし】は徳島の山間部の我が家でも作っていた、んじゃなくて残ったご飯と同じように【ばらずしを蒸し器で温め直していた】のだ。
 幕末に考え出された、とか、加えるに近畿地方独特のものだ、というようなことも書かれている。(『日本の味覚 すし グルメの歴史学』岐阜市歴史博物館より)
 寒い時期の風物詩であるかのごとく、目立つようになった(店で出されるようになった)のは新しく、本当は“せっかく作ったすし”が冷たく硬くなってしまったので温め直したものが起源と思う。
 ただし店で商われるようになった「蒸しずし」と言う意味では関西が発祥であることは間違いないようだ。

 松江市にも「蒸しずし」があり、現在では冬の風物詩ともなっている。
 それではどのくらいの歴史があるのか?
 いざ調べようと思っても、松江には古くからの町の情報を書いた本がない、これはまことに残念。
 ふと目にした町の光景、名物などをどんどん書きしたためていった江戸は斎藤家の『東都歳時記』が、現在の東京にとって大きな財産となっている。
 それが松江には見あたらない。

 とにかく現在、松江名物となっている「蒸しずし」、それではどこで食べればいいのか?
 根っからの松江っ子で、しかも食い物に関する蘊蓄が身から溢れて困る、というヤマトシジミ氏が選んだのが末次町にある『井津茂』である。

 観光客が行きそうな地域から少し外れている、そんな閑静なところに、なかなか上品な店構えの『井津茂』があった。
 松江に来て思うのは、この町本来の持ち味は出雲人ならではの「佇まいの良さ」がそこかしこに残ること。
 言うなれば、敢えて目立とうとしない。
 改良改革を嫌う、そんな一面がここにある。
 これは悪口ではなくボクが松江にきて“喜ばしく思う点”なのだ。
 松江市が伸ばしていかなければいけない未来像はこの頑固さ、奥ゆかしさ、佇まいのよさ、に違いない。

 店の引き戸を開ける。
 そこには節度があり、また清潔感溢れるカウンター、座敷などで、これは言うことなしだろう。
 白木のカウンターに席をとると目の前に職人がひとり。
 残念ながら切り付けているのはサーモントラウトらしい。
 これは夜のコースなどに使われるのだろうけど、たくさんならんだ切り身はコース料理の一角なんだろう。
 東京にあっては客の目の前でネタを切り付けをするのは下なんだけど、これも品書きを固定化しているためで致し方ないのだろう。
 そう言えば書き忘れているのが、ここは関東で言うところの「すし懐石」とか「すし割烹」とかいわれる範疇の店であること。

 金沢の芸術、文化を生み出したのがまだ戦国時代の記憶の残る江戸時代前期だとすると、松江の文化的なものが開花したのが藩主松平治郷の江戸時代中期後半から文政期であって、金沢の婆娑羅にたいして、松江には“大人しさ居住まいのよさ”を感じるのだけどいかがだろう。
 松江の場合、この変におだやかなよさがあって、これは決して捨てない方がいい。
 “よくできた”松江にもダイナミックで臨機応変な食文化が欲しい、必要だ、と思うことがある。
 その新しい食文化を求めるならば関西や関東のもの(新しいもの)ではなく、島根半島から漁師の持つ荒々しさを、そのまま持ってくるべきだ。

 さて予約して置いた「上蒸し寿し(茶碗蒸し、赤出汁、漬物つきで1575円)」は待つほどもなくやって来た。

上蒸し寿し
上蒸し寿し
 そこにあったのは縁高の塗り物の箱に、白木のせいろがはめ込まれたもの。
 真上から見えるのはゆでエビ、焼き穴子、煮た赤貝(サルボウ)、マダイ、ズワイガニ、イカ、シラウオ、ウニ、干しシイタケ、甘栗、エンドウ豆、山椒の佃煮。
錦糸卵がちらしてあって、豪華というよりも端正なものだ。
 これを豪華に盛るのが金沢であって、端正に盛るのが松江なんだな、と二つの城下をまたしても比べてしまう。

並蒸し寿し
並蒸し寿し
 同時にマジマジ君が注文した並(1050円)がやってきたのだけど、こちらには全体に錦糸卵、ゆでエビは小、イカ、シジミの佃煮、干しシイタケに甘栗、山椒の佃煮。
 これをみて並でよかったのだ、と後悔した。
 整然とネタが並んでいては暖かいすし飯とネタがすんなり馴染まない。
 蒸しずし本来のよさがない。
 散らしてあるからいいのであって、並べると言うことは無理矢理の感がある。

 その下にはほとんど酢の気配を感じない、上品な暖かいすし飯があった。
 だいたい蒸すと酢の香りが立ちすぎるのだけど、酢の角もとれる。
 だから京都などでは甘味を強くしている。
 対するに『井津茂』の場合は甘味も酢加減もともに控えだ。
 この品の良さは松江らしいなと思えるもの。
 ボクとしてはややもの足りないが、女性などにはこれ以上ないすし飯のバランスだろう。
 ちなみに蒸しずしは昔から大好きだ。
 暖かいすし飯、そこから香り立つ素材の風味、というだけでボクはうれしい。
 微かな酢の香りを頼りに上のネタを攻略していくのだが、どれも良くできていて、特に蒸したイカ、ウニの香り甘さには驚く。
 そこに甘辛く煮上げたものを食べるのだけど、やはり私的には野性味が薄すぎる。

 蒸し寿しを食べ終わったら、ヤマトシジミさんが「いなりずしがありますよ」という。
 かねがね、いなりずしのことを調べているので2個追加。
 この味付けが思ったよりも関東風。
 形も関西の「きつねずし」型ではなく「稲荷ずし」型だった。
 呼び名も「いなりずし」なので、やっぱり松江は関西でも関東でもないのだと思った。

 最後にボクの味の好みはともかく『井津茂』で「蒸し寿し」というのは観光客には大に大におすすめできる。
 たぶん十人が十人とも満足してもらえる味だと思う。
 その上、あたりが昔ならの松江の町を残していて、そぞろ歩きが楽しめる。
 ボクはこのような“観光ガイド”からはずれた松江の方が好きなのだけど、いかがだろう。

井津茂(いずも)
http://maimonkai.com/cgi-bin/index.cgi?act_shop_view=1&id=2

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